広島地方裁判所 昭和38年(ワ)226号 判決 1964年2月03日
原告 宮本啓介
被告 国
訴訟代理人 森川憲明 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、広島高等裁判所が原告・被告間の同裁判所昭和三六年(ム)第二号損害賠償請求再審事件について昭和三七年五月二九日判決を言渡したこと、右判決に対し原告は同年六月六日付で同裁判所に上告状を提出したが、右上告状にはその当事者欄に上告人の住所として宇部市大字際波また仮住所として広島市大須賀町だるま旅館方を各記載してあつたこと、同裁判所第三部裁判長河相格治が右上告につき同年七月一四日付で同年八月三一日午前一〇時までに上告状に貼付すべき印紙金七、六〇〇円を貼用することを命ずる補正命令を発し、裁判所書記官が同命令の正本を東京都千代田区丸の内二丁目二番地丸ビル五六一~五六五区岩田宙造法律事務所内上告人(原告)宛に送達し、同年八月九日同法律事務所事務員奥山剛が受領したが(右上告状は補正しなかつたとの理由で同年九月一一日却下されたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで先ず前記上告状に対する印紙貼用の補正命令の正本の送達が適法であるかどうかにつき判断する。
原告は右上告状に住所のほかに仮住所として広島市大須賀町だるま旅館方を記載しているがかような場合には右記載をもつて住所ならびに仮住所の届出があつたものと解すべきであつて、書類の送達については先ず仮住所にこれをなすことを要し、その送達不能の場合には住所に送達すべく、みだりにそれ以外の場所に送達することは許されないものと解するのが相当である。
ところで、裁判所書記官が前記上告状に住所としてもまたた仮住所としても記載のない前記岩田法律事務所内上告人(原告)宛に本件補正念令の正本を送達したことは前記のとおり当事者間に争いないところであるが、成立に争いのない乙第一ないし第三号証、乙第四号証の一、二、乙第五号証の一、二、乙第六号証および証人中田長の証言によると、右のような送達がなされるに至つた事情として次の事実を認めることができる。
すなわち、
原告の提出した昭和三六年一一月二五日付再察請求書および同三七年三月三一日付上申書には仮住所として前記岩田法律事務所と、また前記補正命令の発せられる前の同年六月六日付(同月七日受理)訴訟救助申請書には上告状における記載と同じく住所として宇部市大字際波また仮住所として広島市大須賀町だるま旅館方と、各記載されていたところ、右救助申請書につき同年六月一二日印紙を貼用すべき旨の補正命令が発せられ、右だるま旅館方原告宛に送達されたが、同月一六日送達不能になり、さらに右訴訟上の救助申立は同月二三日不相当として却下決定され、右決定は右救助申請書記載の仮住所である右だるま旅館方原告宛に送達(執行吏送達)されたが、同月二八日送達不能になつたので、次には前記再審請求書記載の仮住所である岩田法律事務所内原告宛に郵便による送達をしたところ同年七月六日同事務所事務員奥山剛によつて受領された。そこで、広島高等裁判所書記官は同月一四日発せられた前記補正命令を送達するに当つて、原告の仮住所が訴訟記録のうえで度々変更されていること、直前に行つた前記救助申立却下決定の送達においても前記だるま旅館に送達して送達不能になつたこと、一方岩田法律事務所内原告宛の文書はすべて送達されていること、右事務所の人ならば仮りに原告がいないとすれば原告宛の文書は受取らずに直ちに返送するであろうことなどを考慮して、送達の確実をはかるつもりで岩田法律事務所内原告宛に送達し、その後の上告状却下命令の送達も同じ方法によつてこれをなしたものである。
以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果および甲第五号証は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない
右認定のような事情のもとでの右裁判所書記官の送達行為は無用の手数を省き送達の確実をはかる意図の下になされた善意の行為とは推定されるが、しかもなおこのような送達を適法視するわけにはいかない。何となれば仮住所への送達が不能になる蓋然性が極めて高くかつ右岩田法律事務所へ送達すをことによつて原告が受領しうるであろうと推断できたとしても、仮住所または住所への送達を省略することは違法であり、また右上告状に記載のない前記事務所へ送達することはそれがたとい再審の一審では仮住所として届出でられた場所であつても、上告状において別の仮住所が届出でられている以上最早仮住所として取扱うべきではないからして、適法な送達とはいえないからである。(それはただ受送達者本人が受領することを期待して送達を有効ならしめようという努力に出づる行為であつて適法な送達ではない。)よつて、本件補正命令の送達は民事訴訟法第一六九条に違背し無効である。
三、次に、送達の方法を誤つた送達は無効であるが、受送達者が結局送達受領者から送達書類を受領した場合にはその受領の時に送達が完成するものと考えるべきであるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三七年九月二四日前記岩田法律事務所において、前記補正命令正本および上告状却下命令正本を任意受領したことが認められるからその時から右各命令の送達は完成し以後すべて有効になつたものと解すべきである。したがつて、原告は同日から相当の期間内に補正命令で命じられた印紙を貼用して上告状を補正し、また同日から所定の期間内に上告状却下命令に対する抗告をなすことができるものと解すべきである。
四、そこで、前記のような送達の誤りによつて原告主張の損害が発生することになるかどうかについて考えてみる。
成立に争いのない甲第一ないし三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証、および原告本人尋問の結果によると、原告は、原判決を破毀して差し戻しされたいとの趣旨の内閣に対する請願につき事情を聞くために昭和三七年九月二四日上京し、最高裁判所を訪ねて上告状が同裁判所に到達していないことを知つたこと、上告状却下命令に対する抗告につき抗告状審査中という広島高等裁判所からの電報を同年一〇月一八日と二九日に受取つたこと、同年一二月三日頃右裁判所から照会にかかる事件記録を最高裁判所に送付した旨の同日付の通知を受取つたこと、昭和三七年九月二四日から同年一二月四日まで七二日間東京都墨田区の旅館に宿泊し金一〇〇、八〇〇円支払つたこと、上告状や抗告状の問い合せにつき若干の通信費を支出したことなどが認められる。しかしながら前記認定で明らかなように原告は昭和三七年九月二四日前記各命令の正本を受領した後は補正もでき、かつ抗告もできるのであつてそのための問い合せ費用の如きは前記送達の誤りによつて通常生ずべき損害とみることはできない(かかる問い合わせが特別の理由によつて必要であつた事情が立証されれば別であるが、本件においてはそのような特別事情の主張立証はない。)し、また右認定の原告主張の東京滞在の宿泊費も、何故前記各命令の送達をうけたことによつて同日以后東京に滞在しなければならなくなつたかの合理的理由についての主張立証がない以上違法行為と右宿泊費との間に相当因果関係を認めることができないのであつて原告の右請求はいづれもこれを認めるに由ない。
五、よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 溝口節夫 倉橋良寿 田中明生)